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シェフのコラム

私が始めてフランスに渡ったのが22歳の時です。日本からフランスのレストランに手紙を書き、来てもよいという返事が頂けたのがロワール川流域の町トゥールの「シャルル・バリエ」でした。ヨーロッパのレストランに多くある、オーナーシェフの名前を冠したそのレストランは、三十数年間もミシュランの三ツ星を維持していており、オーナーシェフのバリエさんは、あのフランス料理界の帝王 ジョエル・ロブション氏の料理の父と言われている方でした。

フランス語も満足に話せず、不安がいっぱいのフランス生活のスタートでしたが、努力と根性だけは誰にも負けないつもりでしたので、どんな小さなことでも漏らさず学んでいこうと、貪欲に修行いたしました。時にはホームシックになることもありましたが、周りには日本人はおりません。そんな時は鏡の自分に向かって日本語で話しかけていました。(ちょっと病気ですね。)

一年程が経過した頃、バリエさんから「次はどこで修行したい」と聞かれました。私は迷わず「パリに行きたい」と答えました。それからしばらくすると、バリエさんを料理の師と仰ぐ、ジョエル・ロブションさんが来店されました。食後バリエさんと歓談しているロブションさんの席に私が呼ばれ、「竜二、お前はロブションの所へ行け」と告げられました。こうして当時、パリのフランス料理界に君臨していた「ジャマン」にて働く機会を獲ることができました。

トゥールを離れる時にバリエさんから、「お前がヨーロッパにいる限り、俺がお前の身元引受人だ。どこで働くかは俺が決める。」と言われ、実際13年半に及ぶ滞欧期間中はバリエさんのお世話になりました。このご恩返しにと、パリで働き出した後も、「ジャマン」は日曜日が定休日であった為、毎土曜日の仕事が終わると夜行電車でトゥールに行き、日曜日の最終電車でパリに帰るというスケジュールで、週末大忙しとなる「シャルル・バリエ」のお手伝いに行きました。

1999年に私が日本への帰国の途に着く前に挨拶に伺うと、バリエさんのマダム(奥様)から、「初めて竜二が来た時はフランス語どころか、英語も話せない日本人なんて追い返そうと思ったけど、遠くから来たので可哀想になり一週間だけおいてあげようと思った。そのあなたが13年もヨーロッパにいたなんて」と懐かしそうに話して下さいました。子供の頃に父を亡くした私にとって、バリエさんは、料理だけでなくヨーロッパでの父です。バリエさんにとって私は永遠に23歳のときのままでした。

現在92歳のバリエさんは、すでに料理の世界から引退されておりますが、フランスきっての名店「シャルル・バリエ」は、別の経営者によって現在もトゥールの町にその名を冠して営業しております。

2004年にオープンした「ラ・グランターブル ドゥ キタムラ」は、本年3月12日に4周年を迎へ、5年目へと突入いたしました。これまで大過なくまいりましたのも、多くのお客様のご支援があったからこそと深く感謝しております。ありがとうございました。

オーナーシェフとして、スタッフの先頭に立ち、前を向いてまっしぐらに突っ走ってきた4年間でしたが、15才で料理の世界に入ってからの28年間で一番充実した4年間でもありました。ヨーロッパでの13年間とミクニナゴヤでの3年間のシェフとしての経験を、初めて持った自分の店で思う存分に発揮する事ができました。今後も精進を重ね、5周年、10周年と迎えられるよう努力し、皆様に喜んでいただける料理をお届けしてまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

3月12日(水)より4月11日(金)の期間、4周年の特別ディナーをご用意致しました。感謝とお祝いのグラスシャンパンと4周年にちなんで、フランスの焼き菓子 キャトルキャールをお土産にご用意して、皆様のご来店をお待ち申上げております。

※キャトルキャールとはフランス語で1/4という意味の言葉。小麦粉・バター・卵・砂糖の4つの食材を同量用いて作るフランスの焼き菓子。

ムッシュジラルデの代表的なスペシャリテがパッションフルーツのスフレです。 グランマルニエなどお酒を使ったスフレが一般的でありますが、酸味が強いパッションフルーツのリキュールを使うのがジラルデの感性なのでしょう。

最初にレシピを見た時はなんと簡単なのだろうと思っていました。
卵白、卵黄、砂糖、パッションフルーツのピュレが入っているだけで小麦粉が入っていないレシピを見てビックリしました。

でも作るスタッフの気持ち、気合いがないと上がらないし、オーブンのクセをつかまえていないと斜めになってしまう生き物のようなデザートです。

ジラルデで働いている時、朝10時頃からパティシエさんが汗をぬぐいながら卵白をいつも一定のスピード、
とてもリズミカルな音で泡立てていたのをよくおぼえています。

グランターブル キタムラでもスフレをサービスしております。
お客様には少し甘いのではと言われますが、
このレシピは絶対に変えません。

ムッシュジラルデが20年以上作っていたルセットだからです。

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